「くまもとハートの会」の設立目的の一つは、保険・医療・福祉に関する学理や研究についての発表や知識・情報の交換・提供を広く国民に行い、予防医学の重要性を広めることです。また、持続可能な開発目標(SDGs)にも積極的に取り組んでおり、特に大気汚染に関しては自らデータ解析した結果を公表し、人々の健康増進に貢献しています。大気汚染物質はたくさんありますが、くまもとハートの会では特に黄砂とPM2.5に注目しています。これまでに行ってきた解析結果を、わかりやすく説明するとともに、今後大気汚染に対してどのように取り組んでいくべきかについてもお話ししたいと考えています。皆さんの健康と地球の未来を考える上で、大気汚染対策の重要性を共有し、共に行動していきましょう。
黄砂やPM2.5についての研究は、世界中で広く行われています。これらの研究結果は、環境保護と公衆衛生にとって非常に重要な情報です。特にアジア地域では、産業の発展や交通量の増加により大気汚染が深刻化しており、その中でも黄砂とPM2.5が特に深刻な問題となっています。これらの大気汚染物質が健康に及ぼす影響を理解し、対策を進めることが大切です。
①黄砂と急性心筋梗塞について
黄砂は主に中国の北西部やモンゴルで発生した砂塵が季節風に乗って主に3月から5月にかけて日本に飛来します。その粒径は平均3~4μm程度であり、気道や肺に侵入することで炎症を引き起こし、慢性的な呼吸器疾患や心血管疾患のリスクを高める可能性が指摘されています。黄砂自体が有害かどうかは不明ですが、これまでの研究では飛来途中で大気汚染物質や微生物などが付着することから、健康への悪影響が問題視されてきました。
このため、熊本県内で発症した急性心筋梗塞についてのデータを用いて、黄砂と急性心筋梗塞との関係について検討が行われました。2010年4月から15年3月までの5年間に、熊本気象台が黄砂を観測した日数は41日ありました。同じ期間に熊本県内で登録された発症日時が明らかな急性心筋梗塞患者のうち、県外在住者や入院中の患者などを除外した3,713例を対象に解析が行われました。その結果、黄砂が観測された翌日に急性心筋梗塞を発症するリスクが1.46倍(95%信頼区間1.09~1.95)に上昇する傾向が認められました。特に高齢者、男性、高血圧や糖尿病、非喫煙者、慢性腎臓病の人々では、黄砂の影響によるリスク上昇がより顕著でした。
以上の結果から、黄砂が急性心筋梗塞の引き金になる可能性があると考えられます。特に腎機能が低下している人々は影響を受けやすいと考察されています。これらの研究結果は2017年8月にスペイン・バルセロナで開催されましたの欧州心臓病学会のHot line Sessionで発表する(写真)とともに、European Heart Journal(Kojima S, et al. Eur Heart J 2017; 38: 3202-3208)に同時掲載されました。詳細はhttps://academic.oup.com/eurheartj/article/38/43/3202/4096402?login=falseを参照してください。
②PM2.5と院外心停止について
PM2.5という言葉を聞くようになって久しいのですが、黄砂とPM2.5の違いについて確認しておきたいと思います。黄砂については、日本では気象庁が、空中に浮遊した黄砂で大気が混濁した状態を目視で確認したときに観測したと発表しています。一般的には、肉眼でものを確認できる距離が10km未満になったときとされ、気象衛星やレーザーレーダー観測によるデータを照合し、黄砂以外に大気を混濁させる原因がないと思われる場合に「黄砂による大気混濁」と判断しています。すなわち、観測の有無で表現される定性データと言えます。
一方、PM2.5は粒径2.5μm以下の微小粒子と定義され、主には石炭・石油といった化石燃料の燃焼によって人為的に発生します。人の毛髪の太さが50~70μmですので、PM2.5はかなり小さいことがわかります。容積当たりの濃度(µg/m3)で表示されますので、黄砂と頃なり定量調査が可能なことが研究上の強みとなります。このような定量調査により、目に見えないレベルの大気汚染がもたらす健康障害について明らかにする必要があると考えられましたので、私たちは総務省消防庁が管理している救急蘇生統計のデータを使用しました。
このデータは2005年から情報収集が始まり、2020年までに全国で約200万件の心停止症例が登録されています。また、PM2.5については2009年から全国で常時監視が行われ、2011年からは自動測定器による測定も開始されており、大規模なデータが研究に利用できる状況にあります。我々の研究では、全国のウツタインデータから2011年から2016年に発生した院外心停止を抽出しました。そして、心停止の原因を心臓が原因で起こる心原性心停止と、呼吸器が原因で起こる呼吸器原性心停止に分けて検討しました。
解析の結果、心原性心停止が10万3,189例、呼吸器原性心停止が2万1,383例と判明しました。この解析期間中の全国における平均PM2.5濃度は13.9μg/m3であり、健康に良いとされる環境基準の35μg/m3以下であることも確認されました。しかし、解析の結果では、心停止発生日の前日から当日にかけてPM2.5濃度が10μg/m3上昇すると、心原性心停止は1.6%増加し、呼吸器原性心停止は2.5%増加することが示されました。特に高齢者や男性、寒い時期などの条件下で、この増加率は大きくなりました。心停止増加率は、呼吸器原性の方が心原性よりも大きい結果となりましたが、背景因子の違いが影響している可能性があります。そのため、両者の背景をマッチングさせて再解析を行った結果、心原性心停止の増加率は呼吸器原性とほとんど変わらないことがわかりました。
欧米の研究で既にPM2.5の有害性が証明されていますが、日本人の信頼性の高いデータでも同様の結果が確認されたことは重要です。
これらの研究結果の詳細は、以下を参照してください。
PM2.5と心原性心停止:Kojima S, et al. JAMA Netw Open 2020; 3: e203043
(https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2764652)
PM2.5と呼吸器原性心停止:Kojima S, et al. Eur Respir J 2021; 57: 2004299
(https://erj.ersjournals.com/content/57/6/2004299.long)
③大気汚染と健康被害、気候変動
大気中に漂う黄砂やPM2.5という微小粒子は、私たちの健康に深刻な影響を及ぼす大気汚染物質です。これまでの研究では、これらの物質の短期的な暴露と長期的な暴露の両方が健康への影響を検討しています。短期的な暴露では、特に呼吸器症状の増加や心血管系への影響が顕著に現れます。PM2.5のような微小粒子は肺胞に到達し、肺組織に炎症を引き起こすことで呼吸器疾患を引き起こす可能性が高まると考えられています。一方、長期的な暴露は慢性的な健康リスクと関連しており、心血管疾患や呼吸器疾患、肺癌などのリスクが増加するとされています。健康への影響は個人差も大きく、年齢や性別、基礎疾患の有無、遺伝的要因などが影響を与えることがわかっています。子供や高齢者、既に呼吸器疾患や心血管疾患を抱えている人々は特に感受性が高く、健康への影響がより顕著に表れる可能性があります。
我々の研究結果も含め、これらの知見は政策立案にも大きな影響を与えています。多くの国や地域で大気汚染対策が強化されており、工業プロセスの改善、排出基準の厳格化、再生可能エネルギーの導入、公共交通機関の拡充などが実施されています。市民もマスクの着用や屋内での過ごし方の工夫などが健康への影響を軽減するために重要です。
黄砂やPM2.5の大気汚染物質は地球規模の問題であり、今後も研究が進められています。大気汚染は自然災害や火山の噴火などによっても発生しますが、私たちの生活から発生する大気汚染のほとんどが原因です。大気汚染は地球温暖化にも影響を及ぼすと考えられており、特に二酸化炭素などの気相汚染物質とブラックカーボンなどの粒子状物質が注目されています。PM2.5の構成成分が健康に与える影響についても研究が進んでおり、その結果次第では大気汚染による健康被害の軽減が期待されています。環境保護や持続可能な社会を実現するためには、科学的根拠に基づく政策と市民の意識向上が不可欠です。国際的な連携も重要であり、地球全体の健康と福祉を守るための取り組みを続けていく必要があります。
④SDGsの達成に向けて
持続可能な開発目標(SDGs)は、地球の未来を守るための重要な枠組みであり、その中でも大気汚染の問題は深刻な懸念事項です。大気汚染は、特に以下の5つのSDGsに関連しており、その重要性が浮き彫りにされています。
目標3『すべての人に健康と福祉を』
目標7『エネルギーをみんなに そしてクリーンに』
目標11『住み続けられるまちづくりを』
目標12『つくる責任 つかう責任』
目標13『気候変動に具体的な対策を』
大気汚染は、工業化と交通の急速な発展に伴い、地球環境に対する深刻な脅威となっています。化石燃料の燃焼や排ガス、産業プロセス、農業活動などによって大量の有害物質や温室効果ガスが放出され、大気中の汚染物質が増加しています。これらの物質は気候変動や健康問題を引き起こし、生態系にも悪影響を及ぼします。特に都市部では、大気汚染による健康被害が増加しており、呼吸器疾患や心臓病などの疾患が広がっています。
SDGsは、17の目標の中でも特に「気候変動を防止し、地球環境を保護する」という目標に取り組んでいます。持続可能なエネルギーの普及、再生可能エネルギーの利用、エネルギー効率の向上などの取り組みが重要です。また、都市計画や交通システムの改善により、大気汚染の低減にも貢献できます。健康と福祉の確保を目指す3番目の目標は、予防医療の強化や保健施設の充実が重要です。さらに、7番目の目標であるエネルギーへのアクセス向上とクリーンなエネルギーの普及を推進することで、医療機器や施設へのエネルギー供給が改善され、地域社会の健康状態が向上することが期待されます。持続可能な都市とコミュニティの構築を目指す11番目の目標は、都市化が進む中での環境課題や社会的課題への対応が焦点です。廃棄物処理の改善や公共交通の充実、グリーンスペースの確保などが地域社会の持続可能性に寄与します。これらの目標の実現には、持続可能な消費と生産の確保が不可欠です。12番目の目標は、資源の効率的な利用やリサイクルの促進、環境への負荷を軽減するための取り組みを含みます。地球の将来において、資源の枯渇や廃棄物の増加を抑えるために、個人や企業の意識改革が必要です。そして最後に、気候変動への対策が不可欠です。気候変動は地球全体に影響を及ぼし、健康やエネルギー、都市、消費など、あらゆる分野に深刻な影響を与えています。13番目の目標では、温室効果ガスの排出削減や再生可能エネルギーの導入などの取り組みが進められています。
これらの目標を総合的に達成することで、地球の将来に向けた持続可能な社会を築くことが可能となります。政府、企業、市民が協力し、目標に向けた具体的な行動を取ることが重要です。みんなの力を合わせて、SDGsの目標を達成し、健康で清潔な環境を次世代に引き継いでいくことが求められています。